昭和57年4月14日 朝の御理解●② ④ ②①
                              明渡 孝

 御理解第90節『上から下へ水を流すのはみやすいが、下から上へ流すのはむつかしい。道を開くというても、匹夫の俗人から開くのじゃから、ものがむつかしゅうて暇がいる。神のおかげで開かせてもらうのぞ。たとえ一時はむつかしいことがあっても、辛抱してゆくうちには徳が受けられる』


 昨日、佐賀の村川さんがお届けをなさいますのに、それがもうご承知のように、もう昨日も、十三日会の発表をあたっておられて、発表しておられましたが、「二年何ヶ月、佐賀から毎日日参を、たまには、朝参り日参り夜参りさして頂くことがある」と言っておられたが。
 だんだん、ああして信心の、まあいうなら佳境に入っていかれるわけ、ね。いわゆるほんとの信心のありがたさが分かっていかれておる。その分かられたことの中に、やはり、早分かりというようなこともやっぱありますですね。
 昨日は、ここでお届けをされますのにね、もう神様がご承知でございますから、たくさんのお初穂を一人ひとりなさっておられたが、もう一緒にまとめてさせて頂きます。「はあ、そうですなぁ」と言うて私もそのお取次ぎさせて頂いたことでございました。そらそうですよね、神様がもうご承知ですから、なら合楽では、もうほんとに、家族なら家族中、親戚中のことまでそのお届けをなさいます、まあひとつの合楽のご流儀のような感じですけれども。
 まあ、いよいよ分からせて頂くと、例えば願わんでも頼まんでも、神様はおかげを下さるというところがあるんですね。お徳を頂いてまいりますと。それこそ一人でにものができるようなとか、または、それこそ反対に上から下に水を流すようにスムーズにおかげが頂けれる、そこは、辛抱し抜いたその辛抱が徳となって、開けないような道も開けるというふうに今日は教えておられますけれども。
 それ、過程においてそこまでの信心にはですね、ただ神様が確かにご承知だけれどもね、「願わんことは神も仏も知らん」といったような、何かそんな言葉がございますようにね、願わなければいけないということ。
 【②私は、そのお取次ぎをさせて頂いて、御祈念をさせて頂いておりましたら、「与作」ということを頂いたんです。与える作ると書く。ね。「与作」と。
 これはもう、いよいよもって、もうほんとに願わなければいけないなということ。私どもの信心が、これは例えば、ご本部ならご本部参拝しました私どもはもう、もうほんとに「金光様おかげを頂きましてありがとうございます」のこのお礼の一言なんですけれども。その一言の中には、もうほんとに、様々な願いもお礼もお詫びも、まあ私は入っておると自分では思わして頂くんですけれども、いうならば、一人でにものができるようなおかげという世界と、もう願って願って願い抜かせてもらう。それでもどうにもできない、それでもやはり願っていくうちに、ね、道が開く。
 いわば、その「与作」ということは、神様が与えて下さる。それも、なら神様がね、ね、その願いを作って下さるのですよ。氏子の願いを作って与えて下さる。もう頼まんでも願わんでも下さるおかげと、私どもが切実に願うということ。ね。もうどんな些細なことでも、私、ね、まあ親教会に私どもが参拝さして頂くでも、こっからたとえ善導寺までのことだけれども、行きにも帰りにも、やっぱり願って行かずにはおられませんです。ね。②】
 ですから、願うということによって、神様があつらえて作って、そしておかげを与えて下さるというところがある、ということをまあ感じまして、なるほど、おかげを頂きましてありがとうございます。神様はご承知じゃから下さる、というおかげと、または、私どもが繰り返し繰り返し、【④なら私のあの婆ではないですけれども、もうそれは、繰り返し繰り返し、私ども、婆にとっては孫の私と、弟の大作と、今椛目におります妹のスマ代の三人の名前を言うてね、「どうぞ、大坪総一郎」と祈りよりましたです。ね。それを横で聞きよった。
 「どうぞ、あなたのお役に立つ氏子にお取り立て下さい」と言うて願いよる横で、子供の心に聞いておりますから、やっぱり、それこそちっとはお役立つ自分にならにゃ婆に対してもすまん、といったようなものが、私の幼い心の中にも染みておったように思うんですが。④】
 まあそれとは別といたしましても、神様にお願いをするということは、願うたからあるものを下さるのではなくて、ね、氏子がこういう願いをしよるから、それを、いうなら作って与えて下さるというところがある。そういうおかげと、それこそ今申しますように、「辛抱して行くうちには徳が受けられる」ね。
 そのお徳を受けたら、願わんでも頼まんでも、いや、もうそれこそ夢にも思わなかったようなおかげの世界が展開してくる。それこそ、上から今度は反対に下に水を流すようにスムーズなおかげにもなってくる。そういう面と、願って願って願い抜いておかげを頂くというところがあるようですね。

 してみると、なら、もう私が代表で、いうなら村川麻子と言われるですか、だけで良いようなんですけれども、やっぱり今までのように、ちっとは面倒だろうけれども、ね、それが本当だ、「与作」ということを頂いて、そういうふうに感じました。
 そして、同時に、ね、まあ今日の御理解を頂いてです、おかげには、願って願って願わなければおられない、おかげを頂かにゃならんことがあるのです。と同時に、信心をだんだん高めてまいりましてです、昨日、そこの合楽の久保山さんが発表しておられましたが、ほんとにあの、結局、ひとつのことに本気で取り組む、いわゆる黙って治めるといったようなことでもね、なかなかもってできなかった。難しかった。何がそんなに黙って治めることが難しいかというと、始めて分からして頂いたのは、これは私の我があるからだだと気付いた、という話をしておられました。
 もうとにかくね、やはりこの仕事が仕事を教えるというようにです、熱心にその教えに取り組んでおりますと、その教えが次の素晴らしい教えを教えてくれるんです。もう実行しなければダメです。だから。ね。成り行きを尊び大切にさして頂いておりましたら、七年八年経つうちには、いつの間にか我情が取れ我欲が取れていく自分を感ずる、といったようなことも話して、これは前に言っておられましたが。昨日も発表の中にです、黙って治めるということは難しい。ここで一言言いたい。けれども黙って治めんならん。それが教えである、とこう気張って考えて、どうしてこういうことが楽に治められんだろうかと、思って分かったことは、これは私の我が難しい、我があるから難しいのだ、と分かった時に、今度は、我を取るのが楽に、分かってから取るのだから易いんです。
 これは我のせいだと分かってくるという発表をしておられましたですね。もうひとつのことでも徹底していきよるとですね、ほんとのことが分かっていくんです。まあ、けれどもその、時々です、私どもがね、その分かっていくことも、まあその村川さんじゃないですけれども、確かにそうなんです。もう究極は、ならあの、私どもが「今日もおかげを頂きましてありがとうございます」その一言で、その中に一切の願いもお詫びも、または御礼も含まれておるような内容にもだんだんなっていかなければならんという面と、ね。
 それこそ、痛い痒いのことから、そこまでも願うていかなければ、頼んでいかなければというような面で現われてくるところのおかげ。ね。それは神様もね、「願わんことは知らん」と仰るような面もありますから、ね。どういうことでもお願いをさして頂いて、神様が与えて下さるために、そのおかげを作って下さる。「与作」ということは、私はそういうふうに、昨日は頂きましたことでございます。ね。
 お互いが徳を受けて、それこそ開けんはずの道をもです、ね、開けるおかげを、【② 昨日私、ある方の、もう願っても願ってもおかげにならん人のことをお願いさしてもらいよりましたら、ちっと姿勢の悪いアザミの花を頂くんですよ。
 私改めてそのことに対してお礼を申し上げたことでしたけれども。この人の場合は、もう踏み付けられても踏み付けられても、横に咲くというのがアザミの花です。ね。【①「私は野に咲くアザミの花よ、踏み倒されても横に咲く」①】というようなその文句がありますようにね。
 そういう、もう例えばどういうことがあってもそれに屈せず、負けず。苦しいです、けれども、横にちゃんとまた咲いておるというような力強い力というものがです、願っても願ってもおかげにならん時に、その力を頂いておる時なんです。②ね。】
 だから、そういうお徳を頂き、力を受けて、いうならば下から上へ水を流すのじゃなくて、上から下へ水を流すようなおかげ、ひとりでに、いうならものができるようなおかげにもならなきゃならんと同時に、私どもが日々、ね、もうほんとに願わずにはおれない、あれは妙なもんですばい。願わんとね、まあ神様はそういう方だってことを分かっておればいいけれども、人間ですからね。もう垢は付きよらんことあるけれども、いつかどこで垢が付きよるです。
 毎日風呂に入って感ずるでしょうが。昨日入ったけん、汚れとらんはずじゃけれども、やっぱり垢が出るようなもんで、私どもがね、放任しておりますと、素晴らしいことが分かっておっても、それがどこからともなしに崩れてくる場合がありますから、やっぱり願って願って願いぬくという、ね。面倒だろうけれども、やはりお初穂には、ね、自分の願いとする、いうならば名前も書かせて頂いて願っていくという面の願い、おかげと。ね。いわゆる、願わんでも頼まんでも神様が先回りをして下さるようなおかげの頂けれる世界とがあるということを今日は聞いて頂きました。どうぞ。